


医療過誤訴訟において、パーキンソン病やレビー小体型認知症の患者に対し、せん妄や幻覚のコントロール目的で「抗精神病薬」が投与され、重篤な結果を招くケースが後を絶ちません。中でも最も警戒すべき致死的な副作用が「悪性症候群(Neuroleptic Malignant Syndrome: NMS)」です。
本コラムでは、脳神経内科専門医の視点から、悪性症候群の診断基準と、訴訟において医師の注意義務違反(過失)を立証・反証するためのカルテ読解のポイントを解説します。
パーキンソン病やレビー小体型認知症では、認知機能の低下がみられやすいことが知られています。特に入院や施設入所などの環境変化を生じた際には、それまで目立たなかった幻覚を生じたり、せん妄状態に陥ったりしてしまい、周囲の入居者・患者さんにも影響を及ぼしかねないこともあります。
その際に対応する職員から要望されて、一般内科医や精神科医が、パーキンソン病の背景を見落とし、漫然と強力な抗精神病薬を処方してしまうというエピソードが稀ならずあります。
神経内科医であれば、精神症状にも神経症状を主体とした身体症状にも対応できるのですが、内科医が身体疾患のみに注目したり、逆に精神科医が精神症状のみに注目してしまうと、ピットフォールに陥ってしまいます。抗精神病薬の中には、添付文書に明確に「禁忌」と記載されている薬剤も少なからずあり、禁忌薬剤を、特段の理由なく使用して病態が悪化した場合は、過失を指摘する大きな根拠となります。
悪性症候群は、主に抗精神病薬による脳内ドパミン受容体の急激な遮断によって引き起こされる重篤な副作用です。国際的な診断基準(DSM-5等)や一般的な医学的コンセンサスにおいて、以下の主症状が揃った場合に強く疑われます。
高度の錐体外路症状(強度の筋固縮<筋強剛とも言います>、無動、嚥下障害など)
自律神経症状(高熱、発汗、頻脈、血圧の激しい変動など)
精神症状(意識障害、昏睡など)
血液検査異常(血清CK値の著しい上昇、白血球増多など)
特に「原因不明の急激な発熱」と「筋固縮(筋強剛)」、そして「CK(クレアチンキナーゼ)の異常高値」は、悪性症候群を疑うべき極めて重要なサインです。
パーキンソン病やレビー小体型認知症の患者は、すでに脳内のドパミン神経系が変性・脱落しています。そのため、ドパミン受容体を遮断する作用を持つ「抗精神病薬」に対して極めて過敏であり(抗精神病薬への過敏性)、通常量であっても急激なパーキンソニズムの悪化や、悪性症候群を容易に引き起こすリスクを抱えています。
レビー小体型認知症における「幻視」に対して安易に定型抗精神病薬が投与されてしまうと、一気に寝たきりになってしまったり、場合によっては致死的な転機を辿ってしまったりするケースがあります。悪性症候群を回避することが望ましいですが、万一悪性症候群を生じてしまっても、早期に適切な対応を行うことで、予後を改善させ得るものです。換言すれば、悪性症候群の対応も遅延してしまった場合は、過失の指摘を免れることは難しいと考えます。
神経内科専門医であれば、パーキンソン病やレビー小体型認知症の精神症状に対して、薬剤調整を行う場合は、本来は次のような代替アプローチをとるものです。 まずは、精神症状を生じうるような薬剤を用いていないかを確認し、疑わしい薬剤があれば、減薬・中止を検討します。さらには、薬剤追加が必要であれば、漢方薬である抑肝散や、少なくとも添付文書に「禁忌」と記載されていない非定型抗精神病薬の微量投与などを検討します。
訴訟において、医師の「過失(注意義務違反)」が問われるのは、主に以下の2点です。
私が鑑定を行う際、単に「薬が投与された事実」だけを見るわけではありません。看護記録の「熱発」「発汗がひどい」「急に手足が硬くなり、食事が飲み込めなくなった」といった記述と、投与された薬剤のタイミング、そして血液検査(CK値)の推移を時系列で緻密にすり合わせます。そこに、現場の医師が「単なる肺炎や老衰による状態悪化」と誤認していた痕跡(過失の証拠)が隠されているからです。以下は、実例をもとにしたエピソードです。
鑑定を依頼された過去の事例で、相手方病院が、パーキンソン病患者さんに対して、禁忌薬剤であるハロペリドールによる鎮静を行っていたエピソードがありました。その後急激に発熱して唾液の嚥下も困難となっていましたが、主治医は「誤嚥性肺炎による発熱」と主張していたものを、専門医の視点で「CK値や自律神経症状・パーキンソン症状の推移の記録から、悪性症候群である」と医学的に指摘しました。
主治医らも、中途では悪性症候群に気付いたようにも思われましたが、カルテ上ははっきりとは記載していませんでした。おそらくは、過失と気付いたために、あえて明記せずに対応したものと思われました。遅れて行われた治療で、致死的な転帰は回避できたのですが、重度の後遺症として、ベッド上での生活を余儀なくされています。この状態に対して、主治医らは当初は「廃用症候群」と診療録に記載していましたが、上記の悪性症候群を引き起こし、治療が遅れたために生じたものであり、廃用症候群とは異なる病態だと指摘させていただきました。
悪性症候群を巡る医療過誤訴訟は、高度な医学的判断が要求されます。神経内科の専門医が、エピソード全体を俯瞰的に検討することによって、過失の有無について鑑定を行うことが可能です。脳神経領域と薬理作用に精通した、神経内科専門医による早期のカルテ分析が不可欠と言えます。
医療過誤訴訟において、医療機関側の過失(注意義務違反)や結果との因果関係を立証するためには、専門的かつ膨大なカルテや看護記録を読み解き、一連の診療プロセスを「医学的に妥当なストーリー」として論理的に再構築する作業が不可欠です。
しかし、高度な専門用語で記載された資料の中から、「見落とされた重大なサイン」や「標準的医療からの逸脱」を見つけ出したり、あるいは「一見過失に見えても、当時の状況下では回避困難な合併症であった」ことを示す決定的な根拠を抽出し、裁判官に伝わる形に翻訳することは容易ではありません。
「この手元にある記録だけで、医療側の過失を主張(あるいは不当な過失の追及を論破)できるだろうか?」 そう迷われた際は、ぜひ一度、臨床の最前線を知る脳神経内科専門医にご相談ください。
当方では、いきなり高額な意見書(私的鑑定書)の作成をお勧めすることはありません。まずは、いただいた資料から「医学的に訴訟を維持・展開できそうか」を見極める、初期のカルテスクリーニングから承っております。
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