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長谷川式スケール(HDS-R)の点数だけで遺言無効は決まらない?アルツハイマー型認知症におけるカルテの正しい読み方

遺言無効確認訴訟において、被相続人の遺言能力を立証・反証する際、医療記録(カルテ)は最も重要な客観的証拠となります。多くの弁護士の先生方が、カルテ開示請求によって膨大な記録を入手されますが、「長谷川式スケール(HDS-R)が15点だったから遺言能力はないはずだ」と点数のみに固執してしまうケースが散見されます。 しかし、実際の裁判実務や医学的な見地から言えば、認知機能テストのスコアだけで遺言能力の有無が機械的に決まるわけではありません。本記事では、脳神経内科専門医・認知症専門医の視点から、アルツハイマー型認知症が疑われる事案において、カルテの「どこ」を「どう」読み解くべきか、実践的なポイントを解説します。

長谷川式スケール(HDS-R)やMMSEの「点数」が絶対ではない理由

長谷川式スケール(HDS-R)やMMSEは、あくまでその時点での認知機能をスクリーニングするためのツールに過ぎません。例えば、HDS-Rが10点台であっても、遺言能力が肯定される判例は存在します。 重要なのは「なぜその点数になったのか」という失点の内訳です。


  • 見当識(時間・場所)の低下と、遅延再生(記憶力)の低下のどちらが顕著か。



  • 遺言の対象となる財産の多寡や、遺言内容の複雑さ(単純な「長男に全て相続させる」か、複雑な信託や負担付遺贈か)に対して、残存する理解力がマッチしているか。 点数という「結果」だけでなく、テスト中の「反応(例:取り繕い、怒り出す、無関心)」がカルテにどう記載されているかが、能力判定の鍵を握ります。


医師はここを見る!アルツハイマー型認知症カルテのチェックポイント カルテを読む際、医師の「サマリー」だけでなく、日々の記録から以下の要素を抽出することが重要です。


  1. BPSD(周辺症状)の記載: 幻覚、妄想(特に物盗られ妄想)、徘徊、攻撃性などの記載は、事理弁識能力の低下を強く推認させる要素です。



  2. ADL(日常生活動作)の低下度合い: お金の管理(買い物での計算間違い、小銭ばかり出す等)や、服薬管理が自立していたかどうかの記録は、財産管理能力に直結します。小銭ばかり持っているのは、支払いをする際に計算ができないため、お札で支払ってばかりだからです。その結果、小銭がたまってしまいます。



  3. 処方薬の変遷: アリセプト(ドネペジル)やメマリー(メマンチン)の開始・増量時期や、不穏状態に対する抗精神病薬・睡眠薬の処方歴は、認知機能低下の客観的なタイムラインを示します。


【専門医の実体験】私が鑑定で重要視したカルテの「隠れたサイン」

以前私が意見書を作成した案件では、診療録における医師の考察には特筆するような記載はありませんでしたが、同日の家族の訴えには「物忘れがひどくなった」という記載があり、実際にはドネペジルが5mg/日から10mg/日に増量されていました。ドネペジルの添付文書に照らしても、高度のアルツハイマー型認知症に至ったと考える有力な根拠になる記録です。これが遺言作成時の意思能力低下を裏付ける決定的な証拠となりました。

また別の事案では、鑑定対象者が元弁護士で、入院中の看護記録に「見舞いに来た長女と次女の区別ができなくなっている様子」という一文がありました。MMSEではそれほど点数が低下していなかったものの、人物の見当識が低下していたことから、相当に進行したアルツハイマー型認知症と判断するとともに、遺言作成時の意思能力低下を裏付ける根拠となりました。なぜならば、一般にアルツハイマー型認知症で見当識が失われる際は、時間→場所→人物の順をとるということと、MMSEは元々の教育歴やインテリジェンスの影響を受けるためです。

【まとめ】 確実な立証には専門医の「翻訳」が不可欠

膨大な医療記録から、遺言作成時の「真の認知状態」を医学的に再構築し、裁判官に伝わる論理を組み立てることは、容易ではありません。不利な記録が含まれている場合、それをどう医学的に解釈・反論するかも重要です。 専門医による意見書は、難解なカルテを法的な主張へとつなぐ強力な武器となります。遺言能力の評価でお悩みの際は、ぜひ一度専門医による医学的アセスメントをご検討ください。

遺言無効訴訟において、被相続人の真の意思能力を立証するためには、断片的な介護記録や医療記録を「医学的なストーリー」として論理的に組み立てる作業が不可欠です。

しかし、膨大な資料の中から「認知症に関連した症候」を見つけ出したり、「一見認知症に関連していそうに見える、認知症以外の要因による症候」を示す決定的なサインを見つけ出し、裁判官に伝わる形に翻訳することは容易ではありません。

「この手元にある記録だけで、遺言無効を主張(あるいは遺言無効を主張する相手方を論破)できるだろうか?」 そう迷われた際は、ぜひ一度、脳神経内科・認知症専門医にご相談ください。

当方では、いきなり高額な本鑑定をお勧めすることはありません。まずは、いただいた資料から「医学的に勝訴の主張を組み立てられそうか」を見極める初期のカルテスクリーニングから承っております。

約100件の意見書作成実績に基づく専門的見地から、先生の訴訟戦略を適正価格で強力にバックアップいたします。

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