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【「せん妄」と遺言能力の判断基準|医学的立証のポイント】

遺言無効訴訟において、「せん妄」は極めて重要なキーワードです。

公証人や証人の前で一見しっかり会話していたとしても、実は一時的な意識障害である「せん妄」状態にあった場合、その遺言は無効とされる可能性が高くなります。

しかし、医学的な「せん妄」の診断と、法的な「遺言能力」の判断にはギャップが存在します。

本コラムでは、認知症専門医の視点から、せん妄の医学的診断基準(DSM-5)を解説し、それが法的な遺言能力の判断にどのように連関するのかを明らかにします。

【実際の臨床現場で見られる、認知症とせん妄の混同の実例】

  • 入院などの急激な環境の変化であったり、病態の変化によって死期が迫ってきたりすると、それまで比較的認知機能が保たれていたように見えた方であっても、「せん妄」と呼ばれる意識障害を呈してくることがあります。実際の臨床現場でも、このせん妄と認知症は、混同されてしまっていることも珍しくありません。

  • 従いまして、特に死期が迫ってきている中で作成された遺言証書において、せん妄の「澄明期」に遺言を作成したか否かという争いが生まれる事があります。

【医学的視点:せん妄の定義と診断基準】

医学的に、「せん妄」は「注意および意識の障害」と定義されます。急激に発症し、症状の日内変動が激しいのが特徴です。

DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)の診断基準では、以下の要素が重視されます。

  1. 注意(注意を向け、持続させ、転換させる能力の低下)と意識(環境に対する見当識の低下)の障害。

  2. その障害は短期間(通常数時間〜数日)で発現し、もとの注意および意識のレベルから変化しており、1日のうちで重症度が変動する傾向がある。

  3. さらに、認知機能(記憶欠損、見当識障害、言語、視空間能力、または知覚)の障害がある。

ここでの重要なポイントは、急激な発症日内変動です。認知症が持続的に進行するのに対し、せん妄は一時的であり、症状が強い時と弱い時の波があります。実際の臨床現場では、高齢者の入院時、手術後、新しい薬の導入後、感染症(肺炎や尿路感染)発症時などに「せん妄」がよく見られます。一見、認知症が急に悪化したように見えますが、原因を取り除けば回復する可逆的な状態です。

  • せん妄が遺言能力に与える医学的・法的影響:「せん妄」の診断基準を満たす、症状が強い状態であれば、通常は遺言内容を理解し判断する意思能力は否定され、遺言は無効となる蓋然性が高いです。 しかし、せん妄の「変動性」が問題を複雑にします。症状が一時的に消失、あるいは軽減している時間帯(澄明期)に作成された遺言の有効性が争われるケースです。

  • 「澄明期」の存在を主張された場合は、カルテに残された、同じ時間帯の他の記録(例:看護師の「理解困難」「会話噛み合わず」といった記述)と、客観的な検査記録などからの病態の推移、遺言内容の複雑さを照らし合わせる、といった総合的な反証を検討します。

【結論】

「せん妄」は、遺言能力を争う上で、認知症とは異なるアプローチが必要です。医学的知見に基づき、カルテや看護記録、介護記録から「せん妄」を医学的に立証し、遺言能力を争うためには、専門医との連携が重要です。

「せん妄」の存在を医学的に証明するためには、専門医による後方視的な鑑定が不可欠です。私は、カルテや看護記録、介護記録を精査し、「せん妄」の診断名だけでなく、具体的な症状、行動、意識レベルの記録を抽出し、当時の精神状態を医学的に推認します。カルテや看護記録、介護記録から、医学的に意味のある記述を抽出するためには、単に「ついさっき言ったことも覚えていない」などという分かりやすい記録だけではなく、背景病態(アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症などの各認知症の症候の基本的理解、癌などの全身疾患や使用されている薬剤の推移など)の正確な把握が不可欠であり、専門医はこれらを総合的に俯瞰して、鑑定意見書を作成します。例えば、同じ「ついさっき言ったことも覚えていない」という記述でも、せん妄の波を捉えるために、その時間帯の他の記述や客観的検査記録をどう組み合わせるか、といった視点も重要と考えています。

 

遺言無効訴訟において、被相続人の真の意思能力を立証するためには、断片的な介護記録や医療記録を「医学的なストーリー」として論理的に組み立てる作業が不可欠です。

しかし、膨大な資料の中から「認知症に関連した症候」を見つけ出したり、「一見認知症に関連していそうに見える、認知症以外の要因による症候」を示す決定的なサインを見つけ出し、裁判官に伝わる形に翻訳することは容易ではありません。

「この手元にある記録だけで、遺言無効を主張(あるいは遺言無効を主張する相手方を論破)できるだろうか?」 そう迷われた際は、ぜひ一度、脳神経内科・認知症専門医にご相談ください。

当方では、いきなり高額な本鑑定をお勧めすることはありません。まずは、いただいた資料から「医学的に勝訴の主張を組み立てられそうか」を見極める初期のカルテスクリーニングから承っております。

約100件の意見書作成実績に基づく専門的見地から、先生の訴訟戦略を適正価格で強力にバックアップいたします。

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