ブログ

遺言鑑定:FAST(Functional Assessment Staging)のお話

はじめに

認知症の原因で、最も多い疾患はアルツハイマー型認知症とされています。必然的に、遺言能力の有無が問題となる場面も多い疾患の一つに位置付けられます。従って、アルツハイマー型認知症の典型的な進行を知ることは、遺言能力の鑑定を行う際も非常に重要になってきます。
今回、Reisbergらによって作成されたFAST(Functional Assessment Staging)についてご紹介いたします。

FASTとは

FASTとは、アルツハイマー病の典型的な進行過程を示した病期分類です。アルツハイマー病の尺度はほかにもありますが、FASTは世界的に普及している評価尺度の一つです。
認知症の評価尺度は、質問式と観察式に分類されており、前者の代表は改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)やMini mental state examination(MMSE)です。
FASTは後者の観察式の評価尺度であり、本人を直接観察したり、家族・介護者からの情報により評価します。

観察式の評価尺度の利点は、患者本人への心理的負担が比較的少ないことが挙げられます。

評価方法

FASTは7段階に分類されており、進行に応じてそのStageの数字が大きくなっていきます。そして、そのうちのStage6は5段階、Stage7には6段階の下位分類が存在しています。
従って、全部で16段階で構成されており、より進行した時点のほうが、細かく分類されている尺度とも言えます。

遺言鑑定の際に有用な点として、各Stageのおおよその期間が設けられている点が挙げられます。ある臨床症状の情報が得られた時点の前後で、いつ頃にどの程度の状態であったかを推定できるということです。また、アルツハイマー病によって認知症の段階に至るとアルツハイマー型認知症と呼ぶということからは、Stage4以降の段階をアルツハイマー型認知症と呼ぶことになります。

Stage1(正常)

主観的にも客観的にも機能低下が認められない状態です。
5-10年前と比較しても、職業上あるいは社会生活上、主観的および客観的にも機能低下はみられません。

Stage2(年齢相応)

主観的には機能低下を感じられるものの、客観的には機能低下は認められず、職業上あるいは社会生活上の機能は障害されていない状態です。
名前や物の場所を忘れたり、約束を思い出せないことがあります。
主観的な機能低下は、親しい友人や同僚にも通常は気がつかれません。

Stage3(軽度認知障害、境界状態)

職業上あるいは社会生活上の複雑な任務に支障をきたしうる客観的機能低下を認める状態です。ただし、日常行っている作業をする上では支障はありません。
例として、生涯で初めて重要な約束を忘れてしまったり、初めての場所への旅行のような複雑な作業を行う場合には機能低下が明らかになります。
一方で、買い物や家計の管理あるいは行き慣れた場所への旅行など、日常行っている作業をするうえでは支障はみられません。
要求を求められるような職業的あるいは社会的環境から退いてしまうこともありますが、退いた後の障害は明らかではないこともあります。

Stage4(軽度のアルツハイマー型認知症)

日常生活上の任務に支障をきたすようになった状態です。ただし、1人でまだ生活はできる段階です。
例として、買い物で必要なものを必要な量だけ買うことができなかったり、誰かが管理しないと、金銭勘定の計算を正しく行うことができずに重大な間違いを起こすことがあります。
自分で衣服を選んで着たり、入浴したり、行き慣れた場所へ行ったりすることはできます。そのため、介護なしで社会生活ができますが、単身で生活して自分で家賃を支払っている場合、家賃の額を尋ねられると低く答えてしまうことがあります。

Stage5(中等度のアルツハイマー型認知症)

たとえば適切な衣服を選ぶなど、日常生活上の基本的な任務が行えなくなり、日常生活を自立して行えない状態です。一般的には、介護が必要となります。
介護者が家計や買い物の手助けをする必要があり、季節と場所に合った衣服を選んであげる必要もでてきます。
ただし、いったん適切な衣服を選んでもらえれば、この段階ではまだ自分で適切に着ることができます。
定期的な入浴を忘れたり、入浴に説得が必要なこともあったりしますが、自分で適切に入浴でき、お湯の調節もできます。
一方で、自動車の運転が困難となり、不適切にスピードを上げ下げしたり、信号を無視したりするようになります。運転中、人生で初めて他の自動車に衝突してしまう患者もいます。
叫び声を上げたり、過活動性や睡眠障害のような感情障害によって、しばしば危機的状況となってしまい、医師の介入が必要になります。

Stage6(やや高度のアルツハイマー型認知症)

細かく分類されていますが、順番はあくまで典型例の目安であり、2つの段階がほぼ同時に生じたり、順番が前後することもあります。

  • Stage6a
    着衣が不適切となります。たとえば、寝巻の上に普段着を重ねて着てしまうことが挙げられます。
    そのほか靴紐が結べなかったり、靴を履くときに左右を間違えてしまうことがあります。
  • Stage6b
    入浴を一人で行えなくなります。たとえば、湯の調節や浴槽への出入りができにくくなり,体も適切に洗えなくなったり、入浴後に体を完全に乾かすことができなくなったりします.
    このような入浴の障害に先行して、お風呂への恐怖感や抵抗感がみられることもあります。
  • Stage6c
    用便を一人で行えなくなります。用便後に、水を流すのを忘れたり,きちんと拭くのを忘れたりします。用便後、下着やズボンを戻すのが困難となります。
  • Stage6d
    尿失禁がみられます。この段階の特徴である尿失禁は、時にStage6cの段階から起きます。6cから、2から数カ月後のことが多いとされます。
    この時期の尿失禁は尿路感染症や泌尿生殖器系の障害なく起こるもので、適切な用便を行う際の認知機能が低下していることに起因します.
  • Stage6e
    便失禁がみられます。便失禁は、Stage6cや6dの段階でみられることもありますが、この時期に認められることがより多いとされます。
    便失禁は尿失禁と同様に、用便に対する認知機能低下により起こります。焦燥感や明らかな精神病様症状のためにしばしば危機的状況を生じてしまい、医療施設を受診することになります。暴力的行為や失禁のために、家族は施設入所させることを考えるようになります。
    多くの患者が幻覚妄想状態になることがあります。

Stage7(高度のアルツハイマー型認知症)

アルツハイマー型認知症の最終的な段階です。

  • Stage7a
    語彙が最大限6語となります。アルツハイマー型認知症の進行とともに、語彙の減少と会話能力の低下は進みます。Stage4と5の段階で無口になったり会話が少なくなったりすることがしばしば認められます。そして、Stage6では,完全な文章を話す能力が次第に低下します。失禁がみられるようになると、会話
    は単語あるいは短いフレーズに限られ、語彙は2,3語になってしまうとされています。
  • Stage7b
    理解できる語彙がただ1つの単語となります。アルツハイマー型認知症の患者さんが最後に使用する単語は様々であり、患者によって、“はい” であったりすることもあれば、“いいえ”であったりすることもあります。すべての応答が“はい” であったり、“はい”という言葉が肯定と否定の両方の意思を示すために使われることもあります。
    病気が進行するにつれて、最後の1単語も使用しなくなりますが、何カ月後もしてから、突然その最後の1単語をはっきりしゃべることもあります。最後の1単語も使用しなくなると、ぶつぶつ意味不明のことを言ったり、大声を出すだけになります。
  • Stage7c
    歩行することができなくなります。
    アルツハイマー型認知症では、比較的早期から歩行障害が出現することがありますが、それは認知能力の障害によるもので、例えば歩行の速さが速すぎたり遅すぎたりすることはまれではありません。
    Stage6では、歩行がゆっくりになったり、小刻みな歩き方になったりし、階段の昇降に介助を要するようになります。Stage7の歩行障害は認知能力の障害でなく、おそらく大脳皮質運動野の破壊に起因するとされています。
    このStageの歩行障害の出現時期は、ある程度の幅があります。単純にゆっくりとした小刻みな歩行が進む場合もありますし、歩行も際に前方や後方、あるいは側方に体が傾くこともあります。人によっては、体をくねらして歩行をすることもあります。
  • Stage7d
    座っていることができなくなります。歩行する能力を失っても、介助なしで椅子に座っていることはできます。しかし、歩行能力を失ってから1年ほどすると、介助なしでは椅子に座っていることもできなくなります。
    この時期ではまだ笑ったり、噛んだり、ブツブツうなったり、握ったりすることはできます。
  • Stage7e
    笑うことがなくなります。この時期ではまだ眼球を動かすことができ、刺激に反応して眼球をゆっくりと動かすことは可能ですが、見慣れた人や物を認識することはできなくなります。
    把握反射や嚥下機能は保たれており、多くの場合は噛むこともできます。また、刺激に反応して大声をあげることもあります。
  • Stage7f
    首がすわらなくなります。主に食べ物を認識することができないため、経管栄養が必要となります。音をたてることはできますが、発声は外的刺激では起こり難くなります。

おわりに

FASTは、より進行した時点でのアルツハイマー型認知症のStageを評価する際に、役立てやすいスケールです。
しかし、他の心理検査と組み合わせることで、より初期の段階のStageを評価することも可能となってきます。認知症の遺言能力は、多くの情報を基に行うものです。
その際、FASTも重要な情報の一つになりえるものと考えています。

関連記事

  1. 遺言鑑定:”認知症”かどうかを判断する、3つの診断基準について

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP