


遺言無効確認訴訟において、被相続人の生前の状態を知るための客観的証拠として「介護保険の認定記録」を取り寄せる先生方は多いでしょう。しかし、「要介護1だから遺言能力はあったはずだ」「主治医意見書の認知症高齢者自立度がⅡだから大丈夫だろう」と、表面的なランクや点数だけで判断してしまうのは非常に危険です。
アルツハイマー型認知症の場合、法的な事理弁識能力の有無は、要介護度と必ずしも一致しません。本記事では、脳神経内科・認知症専門医の視点から、弁護士が見落としがちな「主治医意見書」と「認定調査票」の真の読み解き方を解説します。
介護認定の要となる「主治医意見書」ですが、遺言能力の評価資料として用いる際には注意が必要です。 まず、この意見書を記載したのが「認知症の専門医」なのか、それとも「内科や整形の一般的なかかりつけ医」なのかを確認してください。一般的なかかりつけ医の場合、血圧や身体機能の把握は正確でも、認知機能の微細な低下(特に実行機能や判断力の低下)を短時間の診察で見抜けていないケースが散見されます。
【チェックポイント】
「認知症の中核症状」の項目: 「短期記憶」「日常の意思決定」の欄がどのように評価されているか。
「周辺症状(BPSD)」の項目: 幻視、妄想、昼夜逆転などの記載がないか。これらがある場合、複雑な財産処分の意味を理解できていたかどうかに強い疑義が生じます。
主治医意見書以上に、遺言作成時のリアルな生活状況を如実に物語るのが、市区町村の調査員が自宅を訪問して作成する「認定調査票」です。 ここでも、前半のチェックボックス(基本調査)だけを見るのではなく、後半のフリーテキスト欄である「特記事項」を徹底的に精読してください。
アルツハイマー型認知症の患者様は、初対面の調査員に対して「自分はしっかりしている」と見せる「取り繕い」の症状がよく見られます。そのため、基本調査のチェックでは「金銭管理:できる」「意思の伝達:できる」となっていても、特記事項にはご家族からの切実な訴えが記載されていることが多々あります。
【特記事項で見逃してはいけないキーワード】
「本人は『できる』と言っているが、実際には家族が全て管理している」
「お金の計算ができず、財布に小銭が溢れている」
「昨日来た人のことを覚えていない(エピソード記憶の欠如)」 このような記載は、長谷川式スケールの点数以上に、遺言作成に必要な「財産管理能力」や「理解力」が失われていたことを強力に推認させる証拠となります。
これまでに約100件の意見書を作成してきた中で、介護保険の記録が遺言能力判定の決定打となったケースは少なくありません。ここでは対照的な2つの実例をご紹介します。
ケース①:「要介護度が高い=遺言能力がない」という相手方主張を覆した事例:
相手方から「要介護度が高いため、認知機能も低下しており遺言能力はない」と強く主張された事案がありました。しかし、認定調査票の項目を詳細に分析すると、要介護度を押し上げている要因は「第1群・第2群(麻痺や動作などの身体機能)」の低下によるものが大きく、「第3群・第4群(認知機能や周辺症状)」のスコアは比較的保たれていることが判明しました。 さらに、「第5群(社会生活・金銭管理・日常の意思決定)」の能力も維持されていたため、身体的な介護は必要であっても「遺言能力は十分に有していた」という医学的指摘を意見書にまとめ、有力な反証材料とすることができました。
ケース②:専門外の医師による「自立」評価の裏に隠された意思能力の低下:
主治医意見書の「認知症高齢者の日常生活自立度」が『Ⅰ(自立)』と記載されていた案件です。一見すると遺言能力に問題はないように思えますが、意見書の記載医は「整形外科医」であり、傷病名にも認知症関連の疾患は見られませんでした。 しかし、同月に実施された認定調査票の特記事項を精読すると、『その場での表面的な会話は成り立つものの、訪問時に最初に尋ねた事項を全く覚えておらず、数分の記憶も保持できていなかった』と記されていました。さらにケアマネージャーの経過記録をたどると、『デイサービスの際、同じことを何度も尋ねてくる』という事実も判明しました。 短い整形外科の診察では見落とされていましたが、これはアルツハイマー型認知症に特有の「近時記憶障害」と「取り繕い」が顕著に表れている状態です。この介護記録の記述が、遺言作成時の意思能力の著しい低下を裏付ける決定的な医学的エビデンスとなりました。
介護保険の記録は、あくまで「介護の必要性」を測るためのものであり、「法的な意思能力」を測るために作られた書類ではありません。そのため、記載された断片的な事象を、脳神経内科・認知症専門医の知見をもって「医学的に翻訳し、法的な主張(遺言能力の有無)へと論理を組み立てる」作業が不可欠です。
当方では、膨大なカルテや介護保険記録を専門医の視点でスクリーニングし、裁判官に伝わる説得力のある意見書を作成しております。「この介護記録で無効を主張できるか?」と迷われた際は、ぜひ一度ご相談ください。
遺言無効訴訟において、被相続人の真の意思能力を立証するためには、断片的な介護記録や医療記録を「医学的なストーリー」として論理的に組み立てる作業が不可欠です。
しかし、膨大な資料の中から「認知症に関連した症候」を見つけ出したり、「一見認知症に関連していそうに見える、認知症以外の要因による症候」を示す決定的なサインを見つけ出し、裁判官に伝わる形に翻訳することは容易ではありません。
「この手元にある記録だけで、遺言無効を主張(あるいは遺言無効を主張する相手方を論破)できるだろうか?」 そう迷われた際は、ぜひ一度、脳神経内科・認知症専門医にご相談ください。
当方では、いきなり高額な本鑑定をお勧めすることはありません。まずは、いただいた資料から「医学的に勝訴の主張を組み立てられそうか」を見極める初期のカルテスクリーニングから承っております。
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